昭和生まれのつぶやき
先日 長年使っていた 冷蔵庫を廃棄しました。
お別れする際、目に留まった「銘板」を業者の方に「ちょっと待ってください」と思わず 声を発して 写真に残しました。
昭和時代に、両親が購入したものです。
何のために 写真に残すの?と聞かれても答えはありません。
強いて言うならば 自分と一緒に生活してきた環境をたとえ本の一部でもいいから残しておきたい、ということでしょう。
今 もっと便利だよ、電気消費量がお得などなど言われても 致命的な不都合でないかぎり、馴染んだ環境が「居心地が良い」ということありますよね。
「お米」を食べなくなっている現代の日本です。
昭和37年が 消費のピークで 118kg/人年、以後減少が続いていて 平成30年には53.5kg/人年になっている、と農林水産省のホームぺージが語っています。こんなに変化しているとは思いませんでした。
輸出立国として生計を維持する日本という認識をもとに青春時代を送りました。
ものづくりは生計力と知恵の発展を感じていました。
円高は 輸出に追い風・神風という感覚も 脳裏のど真ん中に座っています。
贅沢はしなくてもいい、海外に頼れない時期は、自国の力だけでもなんとか生活ができる、くらいの構えにしたものです。
時代(時間と暮らし)は、浮き沈み、昔の知恵が役に立たないということはありません。
時代の環境に合わせて過去の知恵を引っ張りだせばよい、と思うのです。
2000年以上も、人間は知恵を出して生きてきているのですから。
☘~以上
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